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2013年7月27日土曜日

近代の画家その1 まとめ


ゴヤ 1746-1828

 スペインの片田舎に生まれる。フランスのルイ14世の支配する華やかな王朝文化がドイツ・オーストリアさらに北欧まで広まっていたころ、スペインもその例外ではなかった。その状況の中で彼は1786年宮廷画家となる。
 ゴヤの画風はその生涯に大きく三つに分けてみることが出来る。時代の華麗な趣味を巧みに取り入れ宮廷内で出世を極めた初期。「180852日」、「180853日」等、ナポレオン率いるフランス軍によるスペイン人銃殺刑をリアルに描く時代の告白者としての後期。「聾者の家」を飾る一連の「黒い絵」や「ラ・カプリチョス」等の連作版画に見られる不気味で幻想的な作品を籠もって制作しつづけた晩年。
 この変貌は、ナポレオン進攻による王朝制の崩壊という時代の強いる気運もあげられるが、大病を患い、やがて聴力を失っていく過程がもともと強い批判精神と洞察力をもった彼をさらにつき動かす大きな要因となっていたことも忘れてはならない。

*作品:裸のマハ 着衣のマハ 巨人 魔女達の饗宴




ターナー 1775-1851

 イギリスの風景画家。人間の支配をはるかに越えた自然の猛威・力を描く。ターナー以前の画家、リチャード・ウィルスン、トーマス・ゲインズボロ、アレキサンダー・カズンズ等の風景画は山や森や湖そのものの静かな観照が主なものであったが、ターナーは、嵐、吹雪、風雨、波浪、洪水、機関車の爆走等運動・力をそのまま捉えたところが特筆に値する。ある意味、印象派を30年以上先取りした作品とも言え、批評家ジョン・ラスキンにも高い評価を得る。
 内燃機関の発明・発展は機械と自然の作る環境の圧倒的な強大さを示し、同時にその中での人間の無力さを悟らせたと考えられる。ターナーの描く光景はまさにその新たな外部環境である。
 同時代の風景画家コンスタンブルの作品はまだ伝統的な風景画を踏襲しているが、ターナーの感知した自然感覚とその感情は、やはり同時代の優れた感性を代表するシラー、バイロン、ワーズワース、コールリッジ、グレイらの文学や「エミール」のルソーなどとあいまって徐々に人々の共通感覚ともなっていく。

*作品:難破船 奴隷船 吹雪―港の沖合の蒸気船 エジプトの禍 雨・蒸気・スピード―グレート・ウエスタン鉄道 光と色 影と闇




フリードリヒ 1774-1840

 自然を単に観察するのではなく、その中に絶対的な神を見ようとしたドイツ・ロマン派の画家。友人に「青い花」のノヴァーリスやティークのような文学者がおり、その影響は大きい。彼の絵画は宗教的主題をそのまま取り入れたもの(例えば最後の晩餐等)はほとんど無く、大自然の中で日の出を見つめる女性を背後から捉えるなど、暗示的な光景で神秘性にあふれたものが多い。「自己の内部に何も見えてこなければ、目の前にあるものを描くことも思いとどまるべきだ。」というフリードリヒ自身の言葉がその絵画世界の性格をよく伝えている。時代の転換期の憂鬱な雰囲気と13才のとき眼前で弟を死なせてしまった経験等が画家の心をどのように支配してきたのか。
 後光に包まれた後ろ姿のある明け方の風景は特異な印象を与えずにいない。技巧的に見れば、空間を満たす光が霧状に煙っているところや空気遠近法を無視した遠方のディテールの異様な際立ちが、確かにそれまでの絵画と異なり宗教性ひいては神秘性を高めるもととなっている。
 この作風は20世紀のマグリットやエルンストにも引き継がれてゆくものである。また東山魁夷の「残照」はフリードリヒの「リーゼンゲビルゲの朝」を下絵にしている。そしてリドリー・スコット監督、PKディック原作の映画「ブレードランナー」のライティングは「フリードリヒ光線」と呼ばれ現代の映画空間にも蘇っている。ドイツ・ロマン派特有の精神はもともと時代などに関係なく人間の根本的なところに息づいているのかもしれない。

*作品:月を眺める二人の男 雲海を見下ろす散策者 朝日の射す村 海辺の月の出 樫の森の修道院 海辺の修道者 「希望号」の難破




ダヴィット 1748-1825

 新古典主義の先駆的画家。新古典主義とは科学や理性が大きく信奉された時代を背景に現れたもので、ナポレオンを権威として帝政下に力をもった主義といえる。芸術家はちょうど科学者が真理を求めるように、理想の美(絶対的な美)を追及しなければならない、ということからそれをもっとも完全な形で実現したと言われるギリシアの作品を模倣することもおこなった。
 構図は明快で安定しており、激しい動勢や複雑な姿勢は拒否された。硬質な作風が際立つ。テーマは古代の英雄のドラマ、当代の英雄であるナポレオン等であった。
 ジャコバン党員として活躍した時期もあり、国民議会議員になり国民公開議長まで務めたが、ロベスピエールの失脚に伴い投獄も経験する。ナポレオン・ボナパルトの庇護を受けて復活し、主席画家として活躍をするが、ナポレオンの失脚とともに自らも失脚。時代に翻弄された77年の人生をブリュッセルで終わる。


*作品:ホラティウス兄弟の誓い ソクラテスの最期 テルモピレーのレオニダス アルプスを越えるナポレオン

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